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大東生になったら「あなたの中の学校がかわります」

2018.7.20  1学期終業式

~8月15日 『終戦記念日』 のこと~

終業式の今日が終わると長い夏休みになります。そして夏休みの半ばを過ぎ、そろそろ2学期のことが気になりだすころ、8月15日『終戦記念日』がやってきます。1945年8月15日、日本がアジアと太平洋を舞台にアメリカを中心とする連合国との過酷な戦争に敗戦し、終わりを迎えた日です。もっと長い期間で考えると明治時代の日清戦争から日露戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦(アジア太平洋戦争)と50年間以上におよぶ日本の長い戦争の時代が「無条件降伏」という結果で幕を閉じた日でもあります。

毎年その時期になると新聞やニュース番組、インターネット上でも「戦争」の特集記事・特番が多く組まれます。戦後73年になりますが、毎年、戦争にまつわる新しい事実や証言などが発掘され、まだまだ私たちが知らなくてはいけないこと、学ぶべきこと、考えなくてはいけないことがあるようです。

~ 「敗け」 と 「終わり」 ~

現在、私たちは何の抵抗もなく「普通」に『終戦記念日』と言っています。あえて『敗戦の日』という人はあまりいません。みなさんも、そんなこと言われても別に?なにそれ?ということだと思います。しかし、この「敗け」と「終わり」…「敗戦」なのか「終戦」なのか、当時の日本人にとっては深い葛藤(かっとう)が伴(ともな)うものだったようです。

ノーベル賞作家の大江健三郎さん、1945年当時は愛媛県の山村に住む10歳の少年でした。大江さんは1959年のエッセイ(裏面参照)で以下のように述べています。

「山村の一人の少年は、敗戦と終戦という二つの言葉を、いくたびもいくたびもノートにならべて書いたものだった。」

「教師たちのだれもが、終戦という言葉しか用いず、敗戦という言葉を徹底して嫌っていたことを思い出す。」

「ある日の朝礼で校長は小学生の僕らにむかって演説したものだった。みなさん、日本が戦争に負けたと思ってはいけません。新聞で見たものもいるだろうが、終戦という字が使われている。…決して敗戦したと思ってはいけません。」

戦争中、軍隊や政府の幹部たち、日本の戦争の指導者たちは「この戦争は最後に必ず日本が勝つ」と人々を半ば洗脳し、戦争への協力を強制してきました。学校の先生も同様でした。しかし結末は「無条件降伏」という否定しようのない現実でした。一方で子どもたちはどう感じていたのか…

「小学生たちが、言葉のニュアンスによって一つの現実が多くの相貌をおびるという、ふしぎな錬金術…を納得したかどうかは保証の限りではない。」

「しかし、ぼくの仲間たちは、なんとなく、敗戦という表現よりも終戦という表現を好んだのである。」

「敗戦という言葉は小学生のぼくの心に、破滅とか屈辱…もうどうしようもない絶望的な状態のイメージを呼び起こした。」

「終戦という言葉は、終結とか安息とかのイメージ…もの悲しいが、静かなイメージをもたらすものだった…」

戦争の指導者たちは「終戦」という言葉を使うことで現実に違った顔を与えようとし、子どもたちは「終戦」という言葉に安らぎを求めたようです。

何年か前の私の日本史の授業でこの教材について「みんなはどう思う?」という問いかけに答えてくれたもの、一つ紹介します。

「『敗戦』っていうと『次は勝つぞ!!』ってまた戦争しそうな気がする。『終戦』っていうと『戦争は終わり、もうしない』って感じだから。」

…これが最高にいいなって思いました。戦争が終わった当時の日本人のこんな素朴な気持ちを大切に引き継いでいかないとね…と思います。みなさんはどう考えますか?

2018.7.18 19:23 on 校長通信

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